目次
ごあいさつ
森美術館では、このたび、「Chim↑ Pom展:ハッピースプリング」を開催いたします。2005年に東京で結成されたアーティスト・コレクティブChim↑Pomは、、独創的なアイデアと卓越した行動力で社会に介入し、私たちの意表を突く数々のプロジェクトを手掛けてきました。本展は、この17年間、国際的に活躍してきたChim↑Pomの初の網羅的な個展です。
現代美術は、常に変化し続ける社会の様相を投影してきました。1990年代以降、世界の政治的・経済的構造は激変し、異なる歴史観や信条による新たな衝突が表面化。多様なレベルでの分断は近年ますます溝を深めているように見えます。さらに2020年の新型コロナウイルス蔓延を受けて、社会構造の脆弱さや気候変動など、様々な課題が大きく浮き彫りになりました。こうした時代を反映し、語られてこなかった歴史を掘り下げ、従来の不平衡や不平等を指摘する社会的なメッセージを込めた表現は、グローバルな現代美術の潮流のひとつとして今や確固たる流れを形成しています。
日本の現代アーティストの作品には社会性や政治性が希薄であると言われてきました。その中でChim↑Pomが果たしてきた役割は、ときに議論を巻き起こしながらも、私たちが直視することを避けてきた社会的課題に正面から向き合い、固定観念や社会通念に疑義を呈し、私たちの誰もが対立を超えて幸福に生きていける社会を、ともに想像することであったように思います。これは本店における、都市と公共性、広島、東日本大震災といった構成からも明らかで、そこには戦争や災害、差別や偏見、環境汚染や政治的・社会的境界など、今日の多様な社会問題を再考する意図が現れていると言えるでしょう。「Chim↑ Pom展:ハッピースプリング」は、コロナ禍からの回復を願う2022年の春、まさに時宜を得た展覧会になると確信しています。
最後になりますが、本展の開催にあたり多大なるご尽力をいただきましたChim↑ Pomのメンバー、本展の実現にご支援、ご協力いただきました企業、機関、および個人のみなさまに、厚く御礼申し上げます。 森美術館
Chim↑Pom展:ハッピースプリング
主催:森美術館 開催日:2022.2.18(金)~ 5.29(日)
プロフィール
日本で最もラディカルなアーティスト・コレクティブ、最大の回顧展
UBARTH
なんか、普通の美術館と違う〜
ワクワクするー
スーパーラット ハッピースプリング
スーパーラット ハッピースプリング
駆除薬剤に対して抵抗力を増し、巧妙化・強靭化するネズミ、「スーパーラット」。1964年の東京オリンピックを前に行われた都市の「浄化」を機に現れたとされています。その増加が都市群を中心に問題になるさなかの2006年に、Chim↑ Pomが制作を開始した作品シリーズです。東京の渋谷や新宿といった繁華街で、作家メンバーがスーパーラットを網で捕獲します。展示は、剥製と、捕獲の様子を記録した映像とで構成されています。「都市の野生」として逆境の中でも自らを進化させ、たくましく人間との共存を図り続けるスーパーラットは、社会の周縁でしたたかに生きつつ活動を続けるChim↑ Pom自身の「肖像」です。スーパーラットというネズミが厳しい環境に順応するために変異を遂げるように、作品「スーパーラット」もプレッシャーにより変化を続けます。本展で発表されるものは、美術館内では既存のバージョンを展示しないという館の判断に着想を得た、シリーズの最新版です。その経緯は美術館内外に設けられた「ミュージアム+アーティスト共同のプロジェクト・スペース」に詳しいですが、デザインはChim↑ Pomが考える六本木ヒルズのイメージにちなみ、資本やラグジュアリーを象徴する金色に仕上げられました。
BLACK OF DEATH
BLACK OF DEATHブラック・オブ・デス
2007年、渋谷の繁華街や国会議事堂前など東京の上空に大勢のカラスが呼び集められました。Chim↑ Pomのメンバーがカラスの剥製を手にオートバイいや車に乗り、その鳴き声を拡声器で流して回ったのです。鳴き声はカラスが実際に仲間を呼ぶ際のものを予め収録した音声で、カラスの大群は人間に捕らえられた仲間を救い出そうと追いかけます。この様子を映像と写真で記録したのが本作です。
当時の東京では、増加するゴミや残飯、フードロスによって、カラスの増殖と巨大化、知性の進化が問題となっていました。また、「カラスが鳴くと人が死ぬ」という迷信のとおり、日本ではカラスは不吉なものとされることがあります。しかし本作では、一般には忌み嫌われているカラスを、人間と同じく都市にたくましく生きる者として明るく軽やかに描き出しています。東日本大震災後には、無人となってカラスが増加した福島の避難区域内と、大阪の万博公園、そして再び渋谷を舞台に《ブラック・オブ・デス2013》を制作しました。
BLACK OF DEATH
The Road Showロードショー
東京・高円寺のキタコレビルに作られた《Chim↑ Pom通り》(2017)の地下空間に常設展示されている作品です。渋谷パルコや新宿歌舞伎町商品街復興組合ビルなど、東京の再開発のために取り壊された建物の廃棄物が積み重なるように埋められ、地層を形成しているというものです。日本では街の再開発のために長らく「スクラップ&ビルド」(老朽化した建築物や設備を解体して新しく効率的なものに立て直すこと)を取り入れてきました。建物の耐震性強化やインフラ整備が進む一方で、環境に対して負荷がかかり、地域のコミュニティーが解体され土地の記憶が失われることがあります。本作は、オリンピックに向けた大規模開発で消えていった東京の景観を地層として保存しつつ、新たな公共空間の創出を目指す《Chim↑ Pom通り》を地下から支えています。
Build-Burger
Build-Burgerビルバーガー
2016年、取り壊しが決まっていた東京・新宿の歌舞伎町商店街振興組合ビルを使い、展覧会「また明日も観てくれるかな?」を自主開催しました。この時、ビルの4階、3階、2階の床部分を四角く切り抜き、そのまま真下の1階に積み重ねた本作を制作。この巨大彫刻作品は、家具や備品や貼り紙など各階に残されていたものを床と床の間に挟み込みながら、重力により落下して出来たハンバーガーのようにも見えます。近現代日本の都市開発手段である「スクラップ&ビルド」が展覧会のテーマでしたが、ビルの一部を用いて建築的な作品とした本作もそのテーマを具現化しており、「ファストフード的大量生産・大量消費を、街や都市に重ねて想起させる」と作家は述べています。その後の2018年、歌舞伎町の別のビルの取り壊しに際して行われたイベント「にんげんレストラン」を横に製作されたシリーズ作品を本展では提示します。
Street 道
Street 道
Gold Experience
Gold Experienceゴールドエクスペリエンス
2012年、東京・渋谷のパルコミュージアムで個展開催の際に発表した、巨大なバルーンの立体作品です。鑑賞者はビニールのゴミ袋をもした作品の内部に入り、飛び跳ねたりして楽しく遊ぶことができます。普段はゴミを捨てる側の人間が、この作品では袋の中に入れられたゴミそのものになってしまうという設定です。Chim↑ Pomは作品でゴミを主題にすることがしばしばありますが、本作は東京でのゴミ増加の問題をユーモラスに描いています。
Drawing Miraiみらいを描く
Drawing Miraiみらいを描く
新宿・歌舞伎町商店街振興組合ビルでの展示会「また明日も見てくれるかな?」展のために製作された作品です。サイアノタイプと呼ばれる写真技術を用いて、歌舞伎町の風俗店で働く女性従業員の「みらいちゃん」のシルエットを青焼きしています。青焼き印刷は建築図面を製作するものとして長らく建築家の仕事を支えてきましたが、その需要は代用技術の発展により消滅。しかし「青写真」という言葉は、「人生の青写真」や「青写真を描く」という慣用句があるように、「未来や将来の設計図」という意味で社会に定着しました。歌舞伎町では、行き場を失った人や夢を追う人なども共存しながら生活していいます。東京五輪という国家的プロジェクトのために街並みが大きく変化するなか製作された本作品は、歳を俯瞰するだけでは見えてこない人々の暮らしや思いを「みらい」と名乗る一人の女性の姿を通して想像させます。 「また明日も観てくれるかな?」展で製作された本作のオリジナルは2017年、東京・高円寺のキタコレビルに開通した《Chim↑ Pom通り》の地中に《みらいの埋立地》として埋められており、その姿は、時間の経過を蓄積したタイムカプセルとして発掘される日を待っているかのようです。
Hiroshimaヒロシマ
Hiroshimaヒロシマ
2008年10月21日、Chim↑ Pomは新作《広島の空をピカッとさせる》を製作するため、広島の原爆ドーム上空に原子爆弾の閃光を想起させる。「ピカッ」という文字を飛行機雲で描きました。あえて軽薄とも取れる表現を用いたのは、ゆっくりと消えていく飛行機雲の跡に戦争の記憶の風化を重ねながら、現代日本の平穏な日常風景と広島の街に残る消えない痛みとの間に広がる断絶を表現するためでした。しかし、本作品の製作を巡る経緯が大きく報道され、社会的な騒動へと発展。予定されていた広島市現代美術館での個展は中止となりました。
本セクションでは《広島の空をピカッとさせる》から継続する、広島を主題とした作品を展示しています。広島市に届けられた大量の千羽鶴を使った《パビリオン》《ノン・バーナブル》や、原爆の残り火を灯し続ける《ウィー・ドント・ノウ・ゴッド》には、平和を願う人々の祈りと失われた命への追悼の念が込められています。また本店では、《広島の空をピカッとさせる》を中心とした広島が主題の作品群に関連する資料も公開し、騒動となった当時の報道やその際のメンバーの言動、批判や賛同といった市民の反応など、「Chim↑ Pomと広島」について多様な視点を紹介しながら再検証を行います。第二次世界大戦の終結から80年近くの年月が経ち、戦争の非体験者が日本の人口の大多数を占めている中、被曝の当事者性を伴って広島の歴史を表象することができるのでしょうか?その複雑で難解な問いへの回答を模索し続けているChim↑ Pomの活動を、ここでは紹介します。
PAVILION パビリオン
1945年の広島への原発投下で被爆した佐々木禎子さんが、自身の身体の回復を祈って12歳で亡くなる直前まで降り続けたという千羽鶴。その後、千羽つるは平和のシンボルとなり、現在でも広島市には平和を祈願した無数の折り鶴が世界中から送られてきます。人々の念が込められた者だからこそ、当時、市は増え続ける折り鶴の保管に苦慮していました。それを知ったChim↑ Pomは広島市からの大量の折り鶴を借用し、2013年の旧日本銀行広島支店での個展「広島!!!!!」の際に、膨大な量の折り鶴を高さ7メートルの山状に積み上げて本作を制作。その後、市の指定通りにお焚き上げをしました。ピラミッドや古墳をも想起させる本作ですが、鑑賞者はこの巨大な山の内部に入って、無数の折り鶴に囲まれるという特異な体験をすることができます。
We Don’t Know Godウィー・ドント・ノウ・ゴッド
広島に投下された原爆の残り火を展示室内に灯し続けるインスタレーション作品です。この残り日は「平和の火」と呼ばれています。福岡県の旧星野村(現在は八女市に編入)出身の山本達夫氏が、原爆で亡くなった叔父の形見として、広島の焼け野原から火を持ち帰り、その後も絶やさず燃やし続けたものが起源です。1968年に火は村に引き継がれ、現在まで日本各地で分火・継承されています。Chim↑ Pomは《平和の日》をはじめとして、原爆の残り火を用いてさまざまな作品を制作していますが、本作では火そのものを白い壁と組み合わせて作品化しています。今後、世界中の美術館に分火されていくことが目指されているといいます。 作品タイトルには、日本に無神論者が多いこと、神も仏もないような原爆の威力や神の領域に踏み込んだと評される原子力、火が神として崇められてきたことなど、様々な意が込められています。
Postal service connects the whole worldウィー・ドント・ノウ・ゴッド郵便は世界を結ぶ
折り鶴を折り戻した一枚の折り紙、そして鶴の折り方の説明と広島市への返信用封筒を同封し、当時のドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長に郵便を送りました。封筒は広島の平和記念公園内にある「平和記念公園ポスト」に投函されました。ポストの正面には「郵便は世界を結ぶ」という言葉が刻まれており、側面には「平和と友情のため」ともあります。北朝鮮の核ミサイル開発をめぐって両国の対立が深まるなか制作されました。
Great East Japan Earthquake東日本大震災
Great East Japan Earthquake東日本大震災
2011年3月11日の東日本大震災の発生直後、Chim↑ Pomは支援のために被災地を訪れ、自らの目で被害の状況を確かめました。彼らの機敏かつ大胆は、震災と津波、原発事故に関するさまざまな作品へと結実しています。《リアル・タイムス》《ウィズアウト・セイ・グッパイ》では、東京電力福島第一原子力発電所事故の影響で無人と化した周囲の環境を映し出し、《気合い100連発》では、被災地の若者たちと希望の言葉で叫びました。渋谷駅に設置されている岡本たろうの壁画《明日の神話》(1968-1969)の脇に福島第一原子力発電所の事故を描いた絵を付け足した《LEVEL 7feat.『明日の神話』》では、日本における「原子力の年代記」に新たな1ページを加え、《日本犬》《被害花ハーモニー》では、帰還困難区域に取り残された動植物の命に焦点を当てています。
これらを含む、本セクションに展示されている作品の多くは、被災後わずか2ヶ月の間に製作されており、「いま、ここで」起きている過酷な現実を偽りなく反映した作品を生み出さなければならない、という作家の抑えがたい切迫感がそこから伝わってきます。岡本の壁画がそうであるように、アートには惨事を表象・記録し、後世に伝える力があります。同世代を生きる者として東日本大震災を巡る問題にもそっせんして対峙したChim↑ Pomの行動と作品は、私たちに3.11を語る術を与え続けてくれるでしょう。
Red Card レッドカード
2011年10月から2カ月間、Chim↑ Pomの水野俊紀は、東京電力福島第一原子力発電所の作業員として収束作業に従事しました。政府と東京電力の発表やメディアの報道では明らかにされない「グランド・ゼロ」の光景と、そこで働く労働者の実態を自らの目で確認するため、そして、その後に予定されていたChim↑ Pomの個展の資金を原発で稼ぎ、同展に「協賛:水野俊紀(東京電力)」とクレジットする目的もありました。ある日の休憩時間にチャンスを得た水野は、大爆発で損壊した3号機を目の前に「フェア・プレイ・プリーズ!」と書かれたレッドカードを掲げ、人目を盗んでセルフタイマーで本作を撮影。放射線量の中で収束作業にあたる、名もなき作業員たちの強さと誇りを感じながらシャッターを切ったといいます。
Radiation-Exposed Flowers Harmony被爆花ハーモニー
東京電力福島第一原子力発電所から30キロ圏内の警戒区域の周辺で採取し除染した草花を、フラワーアーティストの柿崎順一が生花へと構成した作品です。植物だけでなく、津波で流された日常品や固形といった漂流物も重要な構成要素となっており、重さとボリュームを感じさせる一つの塊を形成しています。震災から10年経った現在、帰還困難区域の多くの部分では自然が手付かずに生い茂っており、困難な環境下にもかかわらず、草木は生と死という普遍的なサイクルを繰り返しています。動物と違って動けず避難もできない植物ですが、「その美しさは変わるのだろうか」と問いかけるChim↑ Pomは、美を象徴する花を用いて本作を制作しました。
Destiny Childデスティニー・チャイルド
高い放射線量のため封鎖された福島県内の公園の砂場でサンドアートを作り、撮影した作品です。子供用の防護服と防護マスク、防護ゴーグルにスプレー糊を吹きかけた後で砂をまぶし、砂場で孤独に遊ぶ子供の姿を作りました。SF映画さながらの光景が現実になったという危機感と、遠い未来にお訪れるであろう再生の時を想う気持ちが表現されています。
UBARTH
Chim↑ Pomの活動知らなかったです。活動のパワーに圧倒されました!
アートはパワー?パワーがあるから芸術性が際立つのか?非常に興味深い
ご意見番
本日も最後までご愛読ありがとうございました。
コメント