目次
ごあいさつGreeting
秋田県仙北市を流れる一級河川・玉川は、私にとって最も思い出深い身近な川です。生家の近くを流れ、幼少期のお気に入りの遊び場であり、家族や友人達と鍋っこを楽しみました。うっかり浅瀬に入り溺れかけ、祖父に助け出され記憶は今も鮮明に残っています。そのように慣れ親しんだ川の撮影は、「玉川毒水」という名に興味を持ったことがきっかけでした。玉川の源流付近には、日本一の水量で強酸性水泉が吹き出す大噴と呼ばれる温泉の湧出口があり、辺りは草木も生えず、轟音の中で強烈な硫黄の匂いが充満しています。私の記憶に流れる川とは異質な、人の手を拒むかのような”原始の自然”と出会い、玉川流域の源流から下流へのまだ見ぬ変化を探りたいという思いから、撮影を開始しました。
大噴から大量に流れ込む酸性水は玉川毒水とも呼ばれ、流域の生態系や人々の生活に大きな影響を及していました。また、玉川特有の深いエメラルドグリーンの水の色は、その酸性度の高さが関係していることも撮影を通じて知ることになりました。水が青く見える理由としては、酸性水の中に含まれる鉄分やアルミニウムのうち、川底に沈澱せずに浮遊する粒子状のアルミニウムが波長の短い青い光を散乱させるため、あるいは、微生物が生息できないため水の透明度が高いなど諸説あります。しかしながら、30年以上運用されている中和処理施設により、酸性度は大幅に抑えられているため、玉川の様相もまた変化していると想像できます。中和処理施設やダム、湖(田沢湖)への導水、頭首工など、上流から下流にかけて点在しているさまざまな施設とともに、玉川毒水を巡る自然と人の関係を探りながら、写真でしか見ることのできない瞬間の光景を追い続けました。
写真を通して「玉川」と向き合い、気がつけば長い年月が流れました。撮影は常に特別な時間があり、故郷の自然に心身を委ねファインダーを覗くとき、移ろう情報や心情から切り離され、目の前に広がる光景に投入するような実感があります。一方で、私たちの日常はインターネットの巨大な流れが、現実世界を飲み込むように広がり続けています。あらゆる事物が情報として急速に拡散、拡張される現代に生きるからこそ、連綿と続く自然の調和を見つめ直したいと考えます。 草彅 裕
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草彅 裕Yu Kusanagi
「水を伝う』
富士フイルムフォトサロン 東京 2022年12月2日(金)〜12月12日(木)
プロフィール
秋田県仙北市出身。東北芸術工科大学大学院芸術工学研究科デザイン工学専攻修了。秋田公立美術大学コミュニケーションデザイン専攻助教。大学在学中に写真家・民俗学者の内藤正敏と出会い、本格的に写真を始める。秋田で撮影した雪夜のシリーズ「SNOW」で写真新世紀 佳作賞(蜷川実花選)を受賞。KYOTOGAPHIE京都国際写真祭の公式プログラム「ネイチャー・イン・トーキョー」にフランスの新聞社「ル・モンド」より選出される。キヤノン「SHINES」受賞(梶川由紀選)。著書に「SNOW」「PEBBLES」がある。現在では生まれ育った秋田県内の自然や風土を、写真でしか捉えることのできない不可視の「瞬間の循環」をテーマとして撮影。秋田を拠点に国内外で多数の個展、グループ展において発表を続けている。
草彅 裕 Yu kusanagi
秋田県仙北市出身。東北芸術工科大学大学院芸術工学研究科デザイン工学専攻修了。秋田公立美術大学コミュニケーションデザイン専攻助教。大学在学中に写真家・民俗学者の内藤正敏と出会い、本格的に写真を始める。秋田で撮影した雪夜のシリーズ「SNOW」で写真新世紀 佳作賞(蜷川実花選)を受賞。KYOTOGAPHIE京都国際写真祭の公式プログラム「ネイチャー・イン・トーキョー」にフランスの新聞社「ル・モンド」より選出される。キヤノン「SHINES」受賞(梶川由紀選)。著書に「SNOW」「PEBBLES」がある。現在では生まれ育った秋田県内の自然や風土を、写真でしか捉えることのできない不可視の「瞬間の循環」をテーマとして撮影。秋田を拠点に国内外で多数の個展、グループ展において発表を続けている。
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・秋田県を流れる一級河川・玉川。 八幡平に発し、日本一の強酸性泉として知られる玉川温泉や国内最深の深度を有する田尻湖などを経て、県内最大河川である雄物川に流入する。雄物川は「あきたこまち」の一大生産地を潤しながら、県都・秋田市で日本海へと注ぐ。玉川は雄物川水系を形成する最長の支流だ。かつて玉川は、上流域から噴き出す強酸性水により、全長約100キロメートルの8割において魚などの生物を寄せ付けず、農業用水としても田畑を枯らし流域の農業に大きな困難をもたらす”死の川”であった。その水への対策は、驚くことに江戸時代から行われてきたという。現在では、付近にある田沢湖への導水や中和処理施設の運転をはじめとする「玉川酸性水中和処理事業」の振興等、さまざまな人為的調整が加わり、玉川水系を取り巻く環境は大きく変動している。源流から下流へと水を伝い、玉川流域のまだ見ぬ変化を追い続けた。
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上流域
玉川温泉・大噴から流れ出る強酸性水は、付近に建設された中和処理施設によって石灰中和された後、支流である渋黒川に戻される。渋黒川や玉川ダムでは海底の岩や石が石灰色に染まって見えるが、それはこの強酸性水によって溶け出した地中の鉄分や鉄細菌が付着しているからだという説がある。中和処理施設や玉川ダム、鎧畑ダムを通過した玉川の水は田沢湖に導水される。導水は、日本一の水深を持つ田沢湖に引き入れることで酸性水を希釈し、農業水として適正化すべく計画されたが、その直後に湖の水質が急激に悪化。田沢湖のみに生息するとされた固有種のクニマスが死滅するなど、生態系に甚大な影響を及ぼした。現在では、中和処理施設による石灰中和の効果もあり以前よりも酸性度が下がり、水質がかいぜんされたが、導水以前の環境に戻っていない。
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中流域
田沢湖に導水された水が玉川に戻り、下流域の神代ダム、夏瀬ダム、抱返り渓谷周辺では酸性度が下がり多様な生き物が生息している。人工施設による中和だけでなく、周辺から流れ込む清水、雨や霧などに見られる自然の循環も緩やかに水の中和を助けている。しかし酸性度は、国内河川の平均値と比べると依然として高く、抱返り渓谷では深いエメラルドグリーンの川を見ることができる。
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下流域
玉川頭首工では、堰き止めた水を農業用水路に取り入れる。広大な仙北平野の農地へ水を供給する基幹施設であり、生活圏への玉川の水量が管理され、生活用水や防火用水のほか、豪雪時には消流雪用水としても利用される。
仙北平野はかつて慢性的な水源不足に悩まされていたが、開墾事業として水量豊かな玉川の水を引くことで、東北有数の収穫量を誇る穀倉地帯を潤すようになった。
仙北平野を通過した玉川は、やがて玉川橋を経て雄物川に合流する。
本日も最後までご愛読ありがとうございました。
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